ビジネス脳はどうつくるか

ビジネス脳はどうつくるか

ビジネス脳はどうつくるか

個人として生きるということについての指針となる一冊。

閉塞感の原因

日本を覆う閉塞感、それはなんなのかというところから考察は始まる。

著者はその原因として、優秀な人も仕事を楽しめていないということを挙げている。
それがなぜかというと、

  • 年功序列制度で上が詰まっていて、会社がどこに進んでいるのかも分からず、ワクワク感がない仕事をしていく中で疲弊していく
  • 株式市場や金融市場でのマネーゲーム市場原理主義が行き過ぎた結果、それが危うい要素を含んでいると知りつつも、現実問題としてそれを無視することはできず、企業は短期的な成長を目指すようになり、個人は一攫千金を狙うようになる

1つ目については、自分は小さい会社にいて、そもそも終身雇用とか期待していないのであまり感じないのだけど、2つめの市場原理主義の現実については分かる気がする。僕の大学時代の友達は、年収で見ると最低と最高との人の間で2〜30倍くらい差があるという現実がある。別に誰が悪いとか言うことではなく、それはそれぞれがそういう職業を選択した時点で分かっていたことなので、他人については特にどうこうとも思わない。ただ自分の将来を考えるに、やはりお金というものは無視できないものであるので、このまま続けていっていいのかな、、、と思うようになってきた。自分の周りの人にも、そういう理由で転職していった人もいるのだけど、なるほどなぁと。


「そもそもお金とは?」的なところまで掘り下げて考えてはいないのだけど、「仕事とは?」ということはまだ考えている。
そしてその結論は、ずいぶん前から分かっていて、それは変わっていない。本書の言葉を借りれば、

「自分が本当にやりたいことをやれている」

ということ。
お金の必要性は最低限分かっているつもりなので、それが現実的な生活とバランスをとれる必要があるとは思っている。


ミッション、ビジョン、パッション

この「自分が本当にやりたいこと」が何かということを決めるのが一番難しいのだと思う。
最近 lifehacks とかフレームワークで考えるとか、そういう「目標を成し遂げるやり方」については色々と習得している。でも、これらはあくまでも道具であり手段。目標を考えることが一番むずかしい。
じゃあ、と自分を探しに旅に出たり、色々な職を転々として試してみる、みたいなことはしない。転職はしたことないけど、バックパックで放浪したり、専攻とは違う分野に就職するくらいのレベルでは、これまでやってきたことだ。その時は、大なり小なり自分探しをしてたと思う。それでじゃあなんか見つかったかというと、そんなことはない。(とても輝いた時間でムダではなかったと思うけど。)


著者が言っているのは

仕事であるかどうかを問わず、「本当にこれが大好きで、他人がどう思おうとこれだけをやっていればハッピーだ」と自分で思えるものを持っていれば、家族から「足りない!」と言われて不安になる度合は、かなり低くなるはずです。

それを見つけられるようになるには「個」が確立されていることが大事だと著者は説く。
そして、そうやっていきるために必要な要素を、このように挙げている。

  • M(ミッション):自分はこれをやりたいという目標
  • V(ビジョン):この道筋で自分は行くんだというロードマップ
  • P(パッション):夢をとことん本気で追いかけるエネルギー

この MVP が自分の中にあれば、世間がどうなろうと「本物」として生き残れると。


これも非常に腑に落ちた。
で、自分が探しているのが、このミッションであると。たぶん、日本中のとてもたくさんの人たちも、ミッションを探していると思う。


日本の閉塞感の一番の原因は、
各個人が、自分なりのミッションがどうやって見つけられるかが分からないということ
だと思う。

自分探し

そして本書はその探し方についてのヒントを、色々な形で与えてくれている。

若い頃から「自分にはこれしかない」という仕事や目標を持てる人は、圧倒的少数派です。「自分がしたいことがわからない」と言う人もいるでしょう。
 現に私がそうでした。
(中略)
 だから、はじめからミッションを持てなくてもいい。「何かやりたい」というパッションを持つだけでいい。ミッションとビジョンはあとからついてくる、ということもあるからです。大事なことは、なぜ自分はそう感じるのかを考えることなのです。
(中略)
 ミッションと哲学は同義であり、「人は何のために働き、何のために生きるのか」という根源的な問いかけを続けることが、ミッションに辿りつく近道だと私は考えています。
 ただし、そのためにはエネルギーが必要です。
(中略)
仕事をきちんとこなす一方で、プライベートな時間を投じて自分のミッションを探る「旅」に出なければならないからです。
 その旅の道のりは険しいかもしれませんが、「個」の軸足がしっかりしてさえいれば、道しるべは必ず見出せるはずです。
(中略)
まずは腰を上げて、できることから一歩を踏み出すことです。


自分探しの旅は、自分の心との対話であるということ。
実際に一人旅にでるということに対して僕が求めていたのは実はそれだった。非日常の世界で、いつもと違う刺激を受けながら、結局自分を見つめ直す時間を取っていたのだ。そういう意味で、いわゆる「旅」は自分探しの手段として効果的だとは思う。
でも、もっと日常的にできることを著者は教えてくれている。


それは自分の感性に対して、疑問を持つこと。
なぜ自分はこれを面白いと思ったのか、なぜこの事象に心が惹かれるのか。
それを見つめていけば、そこに自分の本当にやりたいこと(ミッション)が見出せるということは納得ができる。


この情報洪水の時代、メディアやウェブから取得できる情報は、すべて誰かの手によってつくられたものである。それを鵜呑みにするのではなく、常に自分で考えよ。
日常の思いつきや、面白いと思ったことはメモしておく癖を付けておく。そうやって思考の材料を残しておくことで、後からそれらについてゆっくりと考えて、情報に対する「受け身」な立場から、「能動的」な立場へと変わっていこうなど。


そうやって考えると、自分が「はてなブックマーク」をずっとつけていて、最近その「はてブ」を見返して何か書くようにしよう、と思い至ったのは同じような考え方だったのかなと思った。
今日のはてブ - wa-blo
(後付けになっちゃうけど)情報処理スピードが早くなればなるほど情報洪水に飲み込まれちゃって、自分が考えることが減ってきているなという危機感はなんとなくあったのだ。

快楽主義でいこう

ウェブがこんだけ普及して、そのリテラシーが高くなってくると、情報の類いで欲しいものは一瞬で手に入るようになる。最近はモノの値段がどんどん下がってきているので、欲しいものも買おうと思えばだいたい買える(物欲が少ないばあい)。常に満たされっぱなしな状態なわけだ。
でも、情報/物質的にいくら満たされても心の空虚感は埋まらない。
不思議なものだけど、小学生の頃、なかなか買えなかったファミコンソフトが誕生日とかイベントの時にやっと手に入って、夢中になってやったあのワクワク感は、今 ゲームソフトをいくら大人買いしても得られない。それは、今の自分にはパッションがないからだろう。


僕の予想だけど、情報/モノでは満たせない空虚感を満たせるのは、パッションだ。
そのパッションは、自分が本気で取り組める何かに大してにしか起きないもの。だから、満たされた現在の日本では、パッションがある人生が豊かな人生なんだと思う。(本当はMVP全部なんだろうけど、それは人間として成長した次段階だと思う。)

 快楽主義という言葉があります。快楽を行動の目的あるいは道徳の原理とする考え方のことで、古代ギリシアの哲学者、エピクロスにその源流があるとされます。
 苦労を避け、できるだけ手抜きをして人生を楽しもうとする生き方を指す享楽主義とは違う用語ですが、ともすると両者は混同されて使われることがあります。

快楽とは、仕事や人生を通してやり通したいと思える何かをやっている過程で感じられるものだと思う。自分も快楽主義で生きていきたい。
そのための旅には、どんどん出て行こうと思う。