ハル

ハル (文春文庫)

ハル (文春文庫)

瀬名秀明さんの本が好きです。
といっても、これまで読んだのはパラサイト・イヴBRAIN VALLEY〈上〉 (新潮文庫)BRAIN VALLEY〈下〉 (新潮文庫)だけで、さらに5年以上前のことだったので、胸を張ってファンですと言える程ではないのだけど。でも本書を読んで、やっぱりこの人の本はいいなぁ、と思った。社会人になったので、今は他の本も大人買いできるようになったので、これから順々に読んでいこうと思う。


「ハル」は、ロボットと人間の関係を描いた短編集。

魂を感じさせる妻そっくりのヒューマノイド、幼い日の記憶の中で語る科学館のロボ次郎、地雷撤去のため、探知犬と共にタイ東部国境をゆくデミルII、玩具として売られたロビタ ー 機械と人間を結ぶ切なく感動的なドラマが、現代科学の周到な知識のもと熱を孕んだ筆で描かれる。間近に迫る「あした」の物語。(背表紙より)

本書を読んで感じたテーマはこの3つ。

  • 命とは何か
  • 科学をつくるときの不安
  • 人間の希望


命とは何か。
そもそも僕がこういう話が好きになったのは、大学一年生の一般教養だった「現代芸術論」の講義の中で、「身体機械論」という話にどっぷりはまってしまったから。
それでいうと、ロボットは究極の題材だ。本書の中では、ところどころで人間がロボットに「生命」を感じるというシーンがでてくる。これは Ghost in the Shell とは逆だ(攻殻機動隊では、人とそっくりの機能を果たす機械がつくられたが、そこに人間(生命)は生まれなかったため、逆説的に存在が確認された人間と機械を区別する存在を Ghost という)。本書の中での1つの結論は、「意識」の存在は、誰かから認識されることによって証明されるというような内容。それがロボットの計算されたプログラムであっても、他者から認識されるような知的活動をすることができるロボットは、意識を持っているとみなせるのではないかということかな。
この辺は考えても正しい答えはでない。実証のしようもないし。それを確かめるには、実際に考えるロボットをつくってみるしかない。で、それを実際にやっているロボット科学者たちの迷いが、本書ではよく描かれていると思う。

科学をつくるときの不安
新しい科学、これまでにない技術は、畏怖の対象とされる。
パラサイト・イブは世間一般で思われているそういった畏怖が形になったようなところがあったし、自分自身、学生時代にバイオ系の研究をしていて、少なくとも日本で研究をする(資金を得る)には、世間的に役立つ目的(大義名分)が必要だということは肌身で感じていた。人は、自分の理解の及ばないものに対して恐怖を抱くものなんだろう。最先端の科学技術に携わっている人たちは、自分たちの研究テーマが世間から畏怖の対象となっていることを自覚していて、本人も自分がやっていることが正しいのかが分からなくなる、という状況に陥ることがある。本書の主人公たちも、迷いながら生きている。
これは科学者に限った話ではない。新しいものを生み出すとき、それがもたらす成果が果たしてみなにとってハッピーなのかどうかという不安感は、どんな分野でもあるだろう。

人間の希望
そういう不安を充分に承知した上で、科学が発展してきたのはなぜか。それは、新しい科学技術に対して、人が希望を持ってきたからだと思う。本書には、地雷撤去ロボットのエピソードが出てくる。人間に瓜二つの外観をもったロボットがでてくる。愛玩具として売られ、あきられて、捨てられても活動を止めていないロボットがでてくる。これらロボットたちのすべてが、人間を幸せにしてくれているかはわからない。
でも、これらロボットたちが幸せを与えてくれる未来を描くことがまずは大事なんだと思う。


これはロボットだけの話ではない。
希望ある未来を描くことが、前進するための道なんだと思う。書評という感じではないけど、そういうことを久々に思い出させてもらった。