ダーウィン展

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科学博物館でやっているダーウィン展に行ってきた。


面白かった。
思っていたよりも、ずっと面白かった。


科学博物館も、独立行政法人化して、展示方法がすごくよくなったように思う。エンターテイメントとして、科学を楽しめるようになっている。
一番驚いたのは、展示の中で生きたゾウガメとイグアナがいたこと。ゾウガメなんて、本当に大きくて(1.5mくらいありそう)、広い砂場をのっそり歩いていた。
眼を輝かせている子供たちで会場はあふれていたが、大人も十分に楽しめると思う。つくりものには限界があるが、自然の不思議さは生涯かかっても見尽くせないくらい深い。サイエンスをエンターテイメントにする施設というの、もっと成長しそうだなぁと思った。


ダーウィンがビーグル号に乗って5年間の世界一周の旅に出たのは22才の頃だそう。
今から150年くらい前のことなので、世界の秘境を直に見るという刺激は相当のものだったと思うが、今の時代になっても、一人の人間が世界中を見聞することは相当刺激的だろう。
さらに、当時は大規模な狩猟とかも行われていなかったので、動物たちも今ほど人間を警戒していなくて、たくさんの動物たちと出会えたようだ。自然も今から比べたら大分 本来の姿で残っていたのだろう。そういう世界一周の探検は、今 同じコースを同じ時間でまわることよりも価値があるだろう。


(僕は船酔いがひどいので微妙だけど)すごくうらやましい。
とても辛い旅だっただろうけど(そういう日記も残されていたけど)、それを上回る贅沢な時間を過ごしたのだなぁと思う。今の時代でも、一人の人間がこれだけ豊富に探検・調査・発見・思索の時間を持てるのは恵まれているなぁと。世界中の神秘と情報が、5年間かけてダーウィンという一人の人間に、蓄積されて、考え抜かれたのだから進化論という考えが生まれたのも自然なことに思えた。(ダーウィンはものすごく繊細で、旅の途中で数え切れないほどの標本をつくり、それは数ミリしかない大きさの虫に及ぶほどの努力家であるというのは前提なのだけど。)


イギリスに帰ってからは、ダーウィンはイギリス郊外のダウンというところで静かに規則正しい思索の生活をおくったそうだ。進化論はビーグル号の旅の途中で思いついていたらしいが、発表まで20年間コツコツと証拠集めと理論構築を続けている。


こういう生活には非常に憧れる。
自分の一つの理想の人生というのは、世界中を旅することと思索の生活。
と、ダーウィンの人生はその理想に近いということに気づいた。
時代的にはずいぶんと違うけど、
ロールモデルとして、取り入れられるところがあったら取り入れてみよう。


ちなみに偶然だけど、先日買って読んだのがこちら。

猫楠―南方熊楠の生涯 (角川文庫ソフィア)

猫楠―南方熊楠の生涯 (角川文庫ソフィア)

南方熊楠の人生を水木しげるが漫画化したという、これだけで迷わず即買いの一冊。


水木さんによるあとがき

あとがきー幸福学上よりみたる熊楠

人生は"有限"のものである。その有限の中で、人はどれだけ"幸福"であったのか、というのが、幸福観察学会(目下会員は一人)の研究テーマである。
奇人・南方熊楠氏は、若い時は誰のいうこともきかず、自分の思い通りの生活に進んだ。長じて、リテレート(文士)なる生活、即ち、"金"のために働かないという生活方法で、この人生の荒波を乗り切ろうとするわけだが、どうにも晩年には、それがうまくいかず苦しむわけだ。

これを読むと、熊楠も、ダーウィンのような思索の生活をもとめていたのかなと思う。リテレートと表現されているものだ。熊楠はかなり強烈な性格だったので、周囲と衝突することが多く、不遇と思える人生を過ごした。最後の方はちょっと悲しかったが、熊楠の天才と分裂病的な性向と日本社会がうまくあわなかったからかな。確かに身近にこういう人いたら大変だと思ってしまうけど・・・。多分、リテレートは"金"に無頓着でいいというのではなく、"金"のために働く必要がないという状態なのが理想なのだろう。もしくは生活と趣味と収入が限りなく重なっている状況とか。


南方熊楠は、本当にこれから再評価されていくべき人だと思うし、その研究対象はアジア的で(粘菌、陰花植物、神話的思想、野蛮な風習や土俗、幽霊と妖怪、真言密教、セクソロジー、猥談、男色、半陰陽など)、大英博物館の職員として西洋科学の頂点にいた人として、本当に興味深い。そしてこれを描く人として、水木しげるさんというのは、やはり最適だった。若い頃の話も読んでみたかった。


そういえば、てんぎゃんっていうマンガもあったな。
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ちょっとなつかしくなった。