ブラックスワンに気をつける 〜まぐれ〜

リスク、確率とのつき合い方を考えさせてくれた。

300ページ強、字も小さめでびっしりだったが、文体に慣れると一気に読むことができた。飄々としたシニカルな言い回しのテンポが段々心地よくなってきた。


とはいえ、本書は本当に盛りだくさんな内容だった。
たくさんの情報の中から、僕の心に残ったところを列挙。

確率大事。だけど期待値も忘れずに!

これが前半で一番強いメッセージなのかと。
みな単純に確率だけで物事を考えすぎで、ちょっと確率をかじると表面だけの確率しか考えない。期待値まで含めて初めて意味を持つ場合も結構多い。

ブラックスワンに気をつける

本書でたびたび目にするブラックスワンという用語は、(著者の次のベストセラーのタイトルだが)黒い白鳥のことで、それまでは存在しっこないと思われていたが、実際には存在するもののこと。本書の中では、表出するまでは認識されていないリスクというような意味で使われている。
金融の世界では、この表出しないリスクに気づかずに、あるいはそれを無視して、著者からすれば無謀な賭けの結果まぐれでのし上がってきた人達が、ブラックスワンの登場であっという間に破滅する、という例がたびたび登場する。その対策は、ブラックスワンの登場があったとしても、最低限の損害しか出さないような対策をあらかじめ打っておくということだ。


これを読んで、以前にセミナーで聞いた FMEA のことを思い出した。
FMEA - wa-blo


FMEAは、NASA で使われているリスク管理の方法。
最近は製造業の設計、生産工程にも取入れられている。


すごくざっくり言うと、発生しうる問題を抜けもれなく洗い出して、その問題が発生した場合の損害の大きさ(もしくは対策の必要性)を、ある基準で点数付けして、点数の高いものから優先して対策していきましょう、というもの。


僕が参加したセミナーでは、実生活での応用の仕方などを教えてくれた。
例えば、セミナー講師にとってセミナーを開催できないという問題を回避するには?という問題の場合、

  • 講師がセミナーをできなくなる
    • この先生は風邪を引いたことがないので基本的には大丈夫だけど、一応代わりの先生を常に用意しているとのこと。
  • 講師が時間に間に合わない
    • 電車、車などを利用するとリスクが消せないため、前日は会場から徒歩圏内のホテルに泊まっているとのこと。エライ
  • プロジェクターなど機材が壊れる
    • 全部2つずつ持っている

など課題を挙げて、対策をすべてうっているので、この先生がセミナーを開けなくなる可能性は0.02%です(数字は忘れましたが、もっと小さいかも)と言っていた。


本書で言っているのも、これに近い話なのだと思う。

何がリスク?

そうなってくると、問題が2つ生じてくる。

ブラックスワンが何なのか

まず1つは、ブラックスワンはそもそも今の常識外のことなので、それに気づくことが難しいということだ。本書にも、ブラックスワンの見つけ方は書いていなかったと思う。
その点、FMEA の方は、対象が金融市場ほど複雑ではないのだろう、ある程度のシステマティックに未知の障害を探すことができる方法がある。たとえば扇風機の故障リスクを考える場合、扇風機はネジとプロペラと本体からできているとして、ネジは「折れる」「曲がる」「摩耗する」みたいなリスクがあって(故障モード)、その結果発生しうる故障は「プロペラが外れる」、、、みたいな感じで、ボトムアップに(ある程度)漏れなく考えていくことができる。


金融の場合にも、その道に何年かいればそういう故障モード、故障は考えつくことができるのかもしれない。
自分の人生や仕事でもそれは同じ。今アメリカが破綻してドルが60円になったら、日経平均が3000円になったら、てなことが起きた時のための対策を、今から考えてうっておくことが大事、っていうことかなと。


MBAっぽく言えば、リスク要因を MECE に考えて対策も MECE にしておこうねと。そんなところか。
そして何より、一見当たり前、合理的なことほど実行するのは難しいということかな。

ランダムなものはランダムに見えない

もう一つの問題は、本書を読んでいるとすべてがランダムに起こるような錯覚を覚えてしまうけれど、そんなことはないので、演繹的な事象(因果関係がはっきりしていること)は、きっちりおさえないといけないということ。
でも、何がランダムで何が演繹的なのかということを区別するのはすごく難しいなぁと。本書にも、完全な乱数は一見すると意味のあるパターンを示していそうで、なかなかそれがランダムだと認識しづらいと書かれていた。どうしたらランダムなものとそうでないものを区別できるのかという答えは、ちょっと思いつかない。その人のおかれている状況に依ってケースバイケースだなぁ。


でも、複数の人が関係するようなことはとりあえずランダムな要素を含んでいると思っていたほうがよい気がしますね。ある程度はコントロール可能ではあるけど。

モンテカルロ法行動経済学複雑系

さて、普通の人間ではランダムさの前では何もできないという事例が本書ではたくさん出てくるのだけど、どうしたらいいのか。これもきっと答えは出ていない。ランダムなことは起きるのだから、起きてしまった場合の対策を考えておくくらいしかないのだろう。


ランダムさとうまく付き合っていくためのツールとして、コンピューターシミュレーション(モンテカルロ法)や複雑系の科学なんかが紹介されている。僕は大学院生の頃に複雑系の本をいくつか読んで、大興奮していたのだけど、そもそも数学がぜんぜん分からないというのと、それで食べていく道というのが全く見えなかったので興味だけで終わっていた。この本を読んでいると、金融の世界というのは、すごく知的に面白い分野なのだなぁと思う。(実際はそんな甘いものではないんだろうけど。)

複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち (新潮文庫)

複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち (新潮文庫)

自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 (ちくま学芸文庫)

自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 (ちくま学芸文庫)

複雑な世界、単純な法則  ネットワーク科学の最前線

複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線


そして、最近脚光を浴びている行動経済学
その話も本書には出てきて、やはり興味をそそられる。
個人はそれぞれの嗜好に沿った行動をするので、全体はその重ね合わせとなるわけだから、もうこれは人間の頭や1つの数式だけではとても表現できないランダムな世界が産まれてきているわけだ。そこでコンピューターシミュレーションなのだろうけど、考えただけでもわけわかめな感じは分かった気がする。
行動経済学についても、いずれ一通りの理論は知っておきたいなぁと思った。

信念の経路依存性

ランダム性以外の話で、自分にとってよかったのは、自己矛盾は肯定されるものだというところ。
人の脳は、そんなに合理的にはできていなくって、ジョージソロスの強みの1つが、自分の信念をその直前までの状況に依存せずに変えられるところという話。自分もその時その時の環境に合わせて結構生き方を変えているのだけど、それでもいいんだなという自信が持てた。

品格

ランダムさの前になす術もない人間はどうすべきか、という問いに対する著者の1つの答えは、品格を持った行動をとるということ。これまでの話と違う次元に吹っ飛んだ気がしたけど、誠実にランダムさと向き合った結果の結論なんだと思った。結局ランダムな事象は金融相場などの限られた対象の中の話だけど、それと向き合っている時に周りにいる人達との人間関係は全く別なんだと。ランダムさに振り回されても、自分の人間性までそれにひきずられてはいけないよということかな。

不確実性と幸せ

もう一つ自分にとって励みになったのは、「幸せな人たちは充足化するタイプの人たちであることが多い。」というところ。うちは夫婦でわりと充足化なところがあると思うので、それはありがたいことだなぁと。「Greed is good」な人が多いイメージのトレーダーには向いてなさそうだけど、吹き飛ぶこともなさそう。

独立。プロップ。時間からの自由。時刻表をなくす

あと本書を読んでいて羨ましかったのは、著者や文中に登場するネロ氏など、会社から独立して自分の時間を自由に生きている人たち。この辺は、金融業界うらやましいなーと思った。
「はたらき方」というものに、ここ数年間興味を持っていて、この著者は一つの理想なはたらき方をしているといえるなぁと思った。本書の中でだされていた話が印象深い。

遠くから通勤してきている人と、平日に街中で晩ご飯を食べたことがありますか?多分そういう人の頭には電車のスケジュールが刷り込まれているのだろう。頻繁に時計を見て七時八分の電車に間に合うペースでご飯を食べる。(中略)さて、彼から時刻表を奪い取ってみよう。あるいは、電車はでたらめに発車する、つまり決められた時刻表に従って決まった時間に発車しなくなったということでもいい。(中略)彼が知っているのは、ただ、電車はたとえばだいたい三五分ごとに出ることだけとする。そんなシナリオの下なら彼はどうするだろう?晩ご飯の勘定は相変わらずあなた持ちだろうけど、彼はもっと普通に晩ご飯を食べて、近くの駅までぶらぶら歩いて、次の電車が来るのを待つだろう。さっきの場合と比べて帰る時間の期待値はたかだか一五分をちょっとぐらいしか違わない。

この話は、単純に始業時間や就業時間の話だけではなくって、もっと大きな精神的余裕につながる示唆を与えてくれるなと。
どういう仕組みにすればいいのかは思いつかないけど、いい話だなと思った。