次世代OLPC は e-book としてほしい
OLPC 2.0:このeBookはすごい、正しい方向に向けた一歩だ - TechCrunch
うちの本が日に日に増えていって、こないだ40冊以上売ったけど、それでも部屋が狭いので置き場に困っている自分にとっては、e-bookは本当に欲しいと思っている逸品。でも UI 的に相当イケてるものじゃないと、絶対使わないのが眼に見えてるので、かなり慎重に眼を光らせてる。Kindleは、ちがうと思ってる。サービス自体はAmazonが最適なのだけど。
で、ぱっと見た瞬間に、そうそうこれこれ、と思ったのがこの次世代 OLPC。OLPCの活動自体は素晴らしいことだと思っているのだけど、前の手回しPCの時もそうだったのだけど、ガジェットとして魅力的なプロダクトを出してくるなと。しかもこれ、100$で買えるんなら絶対買いたいですね。というか、先進国の人だったら300$で、200$はまるまる寄付です、みたいなことをしてくれたら、もっと喜んで買うと思う。i-pod touch は結局買わないのだけど(第4世代ので十分満足してるので)、これはほしいなと。
「本」という形はなぜこうも魅惑的なのだろう。
「閉じる」「開く」という状態で情報量が簡単に変えられることとかかな。
以前に、身の回り(外でも)があまりに文字に囲まれているということに恐怖を覚えかかったことがある。
左脳疲れ : wa-blo
辺り一面文字情報だらけなのだ。
壁には標識、広告。
ホームには売店、看板。。。壁にも地面にも、所狭しと文字が敷き詰められてるように見える。
都会は文字情報だらけだ。映画のワンシーンのように、自分の周りの文字情報が
わっと自分に押し寄せてくるような気がして、
逃げ出したくなった。逃げるところもない、とすぐに思い当たる。
人類は活版印刷の頃から、
いや文字が発明されたときから
この圧力に耐えてきたのだろうか。。。などと考えてしまう。
よっぽど疲れてたのかな、自分。。。
ともあれ、四六時中あまりに字が身の回りにあるのは、やっぱり脳が疲れちゃうように思う。本って、一冊に何万、何十万という文字があるのだけど、本を閉じてしまえば、それは表紙の文字だけに激減する。であったり、表紙の絵であったりに眼がいくようになる。本を開いた状態では左脳で情報処理するけど、閉じたら右脳の比重が増す、みたいな。Kindleも、画面消せばいいじゃん、と思うかも知れないけど、ちょっと違うのだ。後輩に、点いていないテレビの画面が怖くて、見てない時は布のカバーをかけているというコがいるけど、それも少し分かる気がする。何も映ってなくても、画面には何か意味を見いだそうと無意識にしてしまうのだと思う、習慣的に。キーボードもむき出しだし。ケータイの形として、スティック型よりも折り畳みが流行っているのもそんなせいなのではないか(日本だけか・・・。)
ともあれ、次世代OLPCは電子ブックの形として正しい。なので無線LAN機能と寄付金をオーバーヘッドとして付与して販売してほしいなと。俗物的ですが、思う次第です。